踊る光

   いつだったか、アリーナでリフターに乗ってるところを見たらその時に降りるだろうと、何となく直感的に思ったことがあった。あの人はまだアリーナには行ってないし、リフターに乗ったこともない。だから思っていたよりは早かったけど、一昨日、3年半の長すぎた片思いを終わらせてきた。

 

 いつかきっと遠くに行ってしまって、その距離に耐えられなくなるって分かってた。(近くにいたことなんか一度もないのに、笑える) でもアリーナなんかより前に、TDCの距離ですらもうだめだったみたい。遠すぎた。今までライブで目が合わなかったことなんて一度もなくて、どんな後ろでも端っこでも必ず見つけてくれて、見えてるよってあの大好きな顔で笑ってくれたのに、その日は視界に入ることすらできなかった。私が飛ばしてる気持ちとあの人がくれる気持ちが一直線に結びつく瞬間が確かに存在したことがあったのに、TDCの3階席からじゃ全然届かなかった。それが去年の8月。

 ほんとはもっともっと前から気づいてた、どんどん遠くに行ってしまうこと、私が好きになったあの頃とは違うこと。

 なんか知らない人みたい、って最初に思ってしまったのは初めての単独の時、一昨年の10月。ぎこちなかったダンスが上手くなって、自信がついて見せ方も上手くなって、アイドルっぽい仕草を躊躇なくできるようになって、気づいたら白のペンライトを振ってるオタクも随分多くなってた。あれ、って思ったけど、それでも成長しようとする努力を尊敬できたし人格が全部変わっちゃったわけじゃないし、嫌いになったわけでもないし、好きでいるのをやめたくなかったから気づかないふりしちゃった。バカだなぁ。違和感を無視しちゃだめだよってこういうこと?違うか。私のこれって恋愛じゃないし。笑。

 ダンスなんかずっと下手なままでよかった。私にファンサくれないなら誰にもファンサしないままでいてほしかった。アイドルとして求められてる自分とほんとの自分は違うからその乖離が苦しいって言ってたのに。そんなことオタクに言っちゃう中途半端な自意識とか「アイドル」を上手くやれない不器用さが大好きだったのに。あの人は私が知らない間にそんな悩みも克服して大人になって、ちゃんとアイドルをやってる。きっとこの先求められるなら嘘もついて、パブリックな自分を作って、だけどその中に自我を包んで上手くやってくんだろう。それはすごいことだし売れるためには正しい選択で、だけど私は、そうやって出来上がったあの人を他の大勢と共有することには耐えられない。

 ネガティブを改善したり変わる努力をした、少しずつ変わっていきたいってこの前ブログに書いてた。だとしたら私はそうやってあの人自身が捨てようとしてるところが一番好きで、こんなに好きなのに、幸せとか成功とか願ってるのに、世界で一番好きな人がしてる努力を愛せない。

 

 分かってる、私が好きなあの人だって私が勝手に作り上げた虚像でしかない。3年半で私があの人について知ったことはいくつあるだろう。好きで好きで頭がおかしくなるくらい好きな人のこと、何年経ったって私は何も知らないままだった。お気に入りのお店も、LINEのアイコンも、吸ってる煙草も、シャンプーの匂いも、アラームにしてる音楽も、寝落ちしかけてる時のしゃべり方も、近くにいたら当たり前に知ってることの何一つ。直接話したこともない知らない人のことこんなにずっと好きで、バカみたいだ。

 だけど、私はあの人のこと何も知らなくて、私よりずっとあの人のことを知ってる人がきっとどこかにいても、私に向けてくれた笑顔はこの世で私だけが知ってるものだから。その記憶だけを後生大事にしまっては取り出してそっと撫でて、撫でてはしまって、そうすることしかできなかった。だって、人生最初で最大の恋だった。あの人よりも好きになれる人なんていなかった。嫌なとこだってたくさんあったけど、嫌いになれるところは一つもなかった。

 自信がなくてすぐちょけるし陰キャムーブはするしそのくせプライド高くて、音楽なら誰にも負けなくて何でも演奏できて、裏のことまで意味わかんない量の仕事こなして数行しかないセリフにも真剣に向き合って、たまに病むけど誰にでも優しくて丁寧で、だけど頑固でめんどくさくて、全部全部大好きだった。暗い部屋でぼそぼそ喋って楽器弾いてるだけの動画、がさがさで血色のない唇にすきっ歯、昔よくつけてたダサいネックレス、死にたいなんて縦読みのブログすら、あの人が見せてくれるものなら何だって。

 アイドルぽくないって言われて笑われても事務所が推さなくても私はずっと真剣に好きだったのに。こんなにかっこよくて真面目で素敵な人だって、私だけが気づいてたかった。垢抜けたとかリアコ枠とか、今さら何だよ、ずっとずっと一番かっこよかったよ。10割あの人が悪い失言で炎上した時も病みブログ書いてた時も私が守ってあげたかった。抱きしめてあなたはすごい人なんだよって言い続けてあげるのは私がよかった。嫌なこともつらいことも私だけに教えてほしかった。

 

 ずっと虚しかった。「アイドルにガチ恋なんて虚しくないの?」って最近よく見る漫画の広告、あれほんとむかつく。虚しくないわけない。あの人を好きになってから、幸せだった時間より苦しかった時間の方がたぶん長い。大変だった、できるだけたくさん現場入って、チケツイがんばって上手キープして、周りの同担にずっと嫉妬して威嚇して、スタンディングで埋もれながら必死でアピって。当然そんなのあの人は知る由もない。ずっとみじめ。でもあの人の顔見たら一瞬で脳みそが溶けてそんなのどうでもよくなってしまう。全然理性的じゃいられなくて頭がおかしくなりそうで、自分が自分じゃなくなるのがこわかった。いつになったら終われるんだろうってどっかでずっと思ってた。

 

 不毛なだけの恋だったと思う。誰に何と言われようともこれは確かに恋だったけど、でもきっと真っ当な恋愛ではなくて、ただの自分の感情の暴走。人が恋愛というものを覚えていく間、好きとも嫌いとも答えてくれない人にずっと一方的な感情を向け続けてたから、私は他人と相互に愛情を向け合うことが分からない。でもそれをあの人のせいにはしたくなかった。大好きだから、好きにならなきゃよかったなんて思いたくない。

 全部捨てたら手に入れられたのかな。友だちも家族も身分もかなぐり捨てて大学も仕事もやめて、整形して港区でがんばったら1回くらい抱いてもらえたかな、とか。いまだにそんなこと考えてしまうけど、私は結局私を捨てられない。だから、いつか自分が自分じゃなくなっちゃう前に、あの人のことも自分のこともめちゃくちゃにしちゃう前に、やめようと思った。

 1月27日、これで終わりにするって決めて現場に入った日。いつも通りあの人は一番端にいて、立ち位置がどんな端っこでも私の世界の中心はあの人で、今までずっとずっとそうだった。ダンスは上手くなったけど体硬いのは変わってないし、カテコの時ずっとふざけててこっち見ないのも相変わらずだった。でも今は、あの人の書いた曲が帝劇で流れてる。あの人がやってきたことがちゃんと報われ始めてる。それはやっぱりさみしくて、結局のところすごくうれしかった。終わらせることを決めたから、ちゃんとうれしいって思えた。

 幕が下りる最後の最後まで大好きで、私この人のこと本当に大好きだったなって思ってめちゃめちゃに泣いた。泣き続けたらちょっとすっきりした。

 大好きなまま終わりにできて、本当によかったと思う。

 

 あなたの画像も動画ももう全部消したけど、記憶や感情はそう簡単に消せないね。初めてこんなに人を好きになったこと、ときめきも苦しさもあなたがくれた感情の全部、ちゃんと忘れずに持ってたい。私が知ってる恋は全部あなたが教えてくれたものだから、好きなタイプも理想も全部あなたの形をしてるから、あなたよりも好きになれる人なんているのか分かんないけど。次は愛されることを教えてくれる人に出会って、いつかちゃんと、あなたのこと好きになってよかったって言えるようになるね。

 今まで本当にありがとう。幸せでいてね。うそ、私が見てないとこで幸せになんかなんないで。

 やっぱこれもうそ、あなたを傷つけるものなんかない場所でずっと笑ってて。どうかあなたの才能が未来永劫くもることなく輝いていますように。

 

 世界で一番大好きでした。